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一生の宝物★JET体験記

  • 有意義で特別だった4年の時間、JETプログラムを終えて…
  • 2017-05-15
  • ハ・ミンヒェ

    新潟市 2012年4月~2016年4月 CIR

    新潟市国際課

  •  私は2012年JETプログラムに合格し、新潟市で国際交流員(CIR)として4年間勤務して、2016年4月に帰国しました。 JET生活を終えた今、過ぎた時間を振り返ってみると私の人生で非常に貴重な時間だったと改めて感じています。今までしたことのない新しくて様々な経験をすることができましたし、それによって一段成長する機会になり、多くの人々と出会い、大切なご縁を結ぶことができた、まさに価値のある時間でした。

     私がJET生活をした新潟市は、人口約80万人の政令都市で、本州の西海岸に位置している港湾都市です。最高級ブランド米のコシヒカリと、韓国でも人気がある日本酒で有名な地域です。広々とした海、広くて肥沃な越後平野、日本で一番長い川である信濃川など天恵の自然に囲まれ、農林水産が豊かな食の町でもあります。新潟市は韓国、中国、ロシアと向かい合っており、東アジアに繋がるゲートの役割をしています。また、韓国をはじめアメリカ、中国、フランス、ロシアの都市と姉妹∙友好都市関係を結び、国際交流や地域の国際化にも力を入れている都市です。韓国との関係は、蔚山広域市と交流協定を結んで活発な交流を続けています。

     JETプログラムの国際交流員は、日韓交流、地域の国際化及び異文化社会の理解増進、地域活性化、地域広報や観光振興などのために多岐にわたる業務をします。私が配属された部署は新潟市役所の国際課でしたが、実際の勤務地は市役所の国際課と新潟市国際交流協会の2ヶ所だったので、その分、様々な仕事をすることができました。

     国際交流員の業務の中で最も欠かせないものが通∙翻訳です。表敬訪問通訳、儀典通訳、団体長∙部署長の随行通訳、訪問団随行通訳、行事通訳、各種苦情通訳など、今までしたことのなかった通訳業務をしました。翻訳もガイドブック、ガイドマップ、パンフレット、ホームページ、イベント広報資料、各種案内文、行政書類、親書、交流事業に関する文書など様々な分野の内容を翻訳しました。

     今でも忘れられない通訳は、やはり赴任後一番最初にすることになった 新潟市長の表敬訪問通訳です。新潟放送局と蔚山放送局が交流協定を結ぶことになり、蔚山放送局の社長が新潟市長を表敬訪問する場で通訳することになりました。生涯初の通訳でもあり、難しい場でもあったため、緊張したせいで声も大きく出せず、どう時間が経ったかさえ分からないくらいに震えながら通訳したことが記憶に残っています。
     

    新潟市・蔚山市の交流行事を終えて...

     私は専攻が日本語でもなく、日本語の勉強も遅く始めた方なので、まさか私が日本の自治体で勤務し、通∙翻訳をするようになるとは思いも寄らなかったのですが、国際交流員になって人々の前に立って通訳をしているということが不思議で特別な経験でした。無論、壁にぶつかることも多かったのですが、試行錯誤を重ねながら私なりのスキルと対処方法も会得して、人々を先導して堂々と話せる力も育むことができました。

     国際交流員として最もやりがいを感じたのは、日韓交流の現場に直接参加しながら働くことができたことと、両国の市民がお互いを理解し合いながら友情​​を築いていく姿を見ることができたことです。両国間の政治的な問題で関係が良くなくても、市民交流は続けなければならないという認識をお互いに共有し、より積極的に交流しながら手を繋いでいく姿に感動したりもしました。このような交流の現場で直接に力を添えることができたのは、本当に有意義で貴重な経験でした。

     一方、交流業務のほかにも新潟の市民に韓国を紹介する各種の講座を行いました。市内の小∙中∙高等学校を訪問し、学生に韓国を紹介する学校訪問授業、一般市民を対象とする韓国企画講座、韓国料理教室、韓国に対する様々なテーマで話を交わす話し合いの場、派遣講座など韓国をもっと身近に感じてもらうために様々な講座を企画して実施しました。特に韓国企画講座は韓国に対する関心が高く、よくご存知の方々の受講が多かったので、深みもありながら面白い内容を準備するのは容易ではなかったのですが、大変だっただけに講座を聞いてくださった方々が良い評価をしてくださって、毎度やりがいを感じながら、懸命に準備することができました。また、講座の準備をしながら韓国についてより勉強して関心を持つようになり、講座業務は個人的にも有意義な仕事でした。
     
     
    韓国文化講座を前に...
     
     他の国から来た仲間の国際交流員と一緒にイベントを企画したりもしました。外国人と日本人が一緒に親睦を深められる国際交流の場を提供しようと思って始めたOutdoor Festival、異文化社会について一緒に考えてみようという趣旨で企画した異文化共生ワークショップ、そのほかにも、子供たちに外国語と外国の文化に接する機会を設けるために実施した外国語絵本の読み聞かせイベントなど様々なイベントの開催を通じて地域住民と交流することもできました。
     
    外国語絵本の読み聞かせイベント
     
     そのほかにも地元のラジオ番組に定期的に出演したり、新聞の取材もたくさん受けました。また、新潟まつりをはじめとする地域内のイベント、企業モニタリング、市政策意見交換会など様々な所で様々な仕事をしながら新しい経験をたくさんすることができました。

     このように様々な経験と一緒に得たもうひとつの貴重な財産は、JETプログラムを通じて出会った人々です。業務で、生活で心強く支援してくださった新潟市役所の国際課および新潟市国際交流協会職員の方々、そしていつも家族のように私の面倒を見てくださった新潟市民団体の蔚山友好会の方々をはじめとした市民の皆さん、新潟の生活に全く孤独を感じないように心を交わしてくれた新潟の友達、皆とても大切なご縁です。また、新潟市の国際交流員として一緒に働いたロシア、中国、アメリカ、フランスの同僚は、今、各地に離れ離れになっていますが、大切な友達になりました。一緒に働きながら意見の衝突もありましたし、長い議論も多かったのですが、これを通じて相手を尊重し、意見を交わす過程を学びました。また、様々な考えを交わしながら広い視野と柔軟な考え方を持つことの重要性を深く感じました。そしてJET生活で何よりも力になってくれた韓国人のJETの先輩と後輩、同期の方々! JETプログラムで結ばれた新しいご縁にとても感謝しています。
     

    国際交流員の仲間たちと一緒に(JET5!)
     
     JETプログラムを通じて様々な経験をし、様々な人々と出会い、多くのことを学び得ることができました。自分自身を振り返ってみる時間にもなったし、私が住んでいるこの社会と国際社会に対してより関心を持って考察する機会にもなりました。JET生活は終わりましたが、JET経験者としてこれからも私の立場で日韓の架け橋としての役割を果たせるよう、頑張ります。