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一生の宝物★JET体験記

  • 熊本での国際交流員生活を振り返って..
  • 2016-12-02
  • シン・ヘジ

    熊本市 2011年4月~2016年4月 CIR

    熊本市役所

  •  5年前、熊本市に発令が出たという合格の電話をもらって大喜びした記憶があります。それと同時に大学を卒業して最初の社会生活を日本で、それも一人でしなければならないというプレッシャーも同時に感じたと思います。あまり経験もなく、物足りない部分が多かったにも関わらず温かく見守って導いてくださった職場の同僚や友達のおかげで何事にもかえられない有意義な時間を過ごすことができました。

     私が生活していた熊本市は人口74万人で2012年に政令指定都市に昇格された都市です。新緑と地下水が豊富でこの街のシンボルでもある熊本城が位置しており、環境に優しく歴史的な面を取り揃えています。
     あまり寂しくも煩雑してもいない住みやすい所で、毎日澄んだ地下水と空気で自然を楽しむことができ、生活の質も向上させることができる快適な都市ではないかと思います。
    もちろん居住都市としての魅力だけではありません。2011年の九州新幹線の開通とクマモンによる認知度の上昇で観光都市としても人気上昇中です。
     
     熊本市役所で私が担当していた業務を大きく分けると4つで、通訳・翻訳および監修、学校訪問、講座になります。
     熊本市は蔚山広域市との友好協力都市であり、両都市間の交流が活発です。その中でも代表的なものが、青少年文化交流とマラソン交流です。私は両都市間の交流がある度に通訳・案内の役割を果たしました。
     翻訳関連の仕事はいくつかありましたが、その中でも観光振興課からの依頼が多かったです。主に観光のパンフレットや広報映像制作時の字幕を​​翻訳し、監修をしました。
     

    年度初めである4月〜6月は比較的にゆったりと過ごすことができますが、7月からは忙しくなります。イベントが多くなる時期でもありますが、学校訪問の回数が増えるからです。派遣の依頼が来るのは主に小学校でした。学校に行って学生たちに韓国を紹介し‘ユンノリ’や‘ハングルで名前書き’などの体験活動をしました。
     最後に、月に一度2つの講座を開きました。一つ目の講座は市の国際交流員の4人(韓国、中国、ドイツ、カナダ)が皆参加し、毎月決まったテーマに合わせて自国を説明して、一緒に意見を交わす講座でした。もう一つの講座は、毎月決まったテーマに合わせて韓国の文化を説明する講座でした。漠然としか知らなかった自国の文化について整理することができてとても有意義な時間になりました。
      
      

     5年間色々な業務を担当していましたが、最も記憶に残って尚且つやりがいがあった仕事は「学校訪問」と2013年に熊本市で開催された「第11回アジア太平洋都市サミット」です。
     国際交流員が学校を訪問する目的は、学生たちに他国の文化を紹介して他の国に興味を持ってもらい、グローバル人材を育成するためのものです。学校訪問にやりがいを感じたのは、韓国人である私と会って交流しながら実際に学生たちが韓国に興味をもってたくさん質問をしてくれたからです。

     私のような国際交流員の学校訪問活動によって、学生たちが外国に興味を持つようになるきっかけとなり、さらには視野を広げることができればなと思います。日本では当たり前のことが外国ではそうでないこと、自分に当たり前のことが他人にはそうでないこと、これらを幼い時に認識しておくことが大事だと思います。
     私が小学校生の頃には外国人に接することが厳しい環境でした。もちろん現在と過去を比較することは多少無理があるかもしれません。しかし、このように他の場所でなく学校で外国人と交流する機会があることがとてもうらやましかったです。学校訪問活動は日本の学校を間接的に体験することができ、私にもためになってとても大切な経験となりました。

    「第11回アジア太平洋都市サミット」は、私が熊本市に赴任して初めて開催された大規模な会議であったので、より特別に覚えているのかもしれません。
    この会議は私が所属している国際室のすぐ隣の部署であるコンベンション推進室が担当しました。熊本市で会議を開催する1年前、コンベンション推進室のスタッフと一緒に視察や広報を兼ねて‘第10回会議’が開かれた浦項に出張に行ってきました。そこで感じた良かった点と改善点について職員たちと意見を交換し、会議に必要な資料を翻訳と監修、加盟国に通知を送信するなどの初期準備段階から参加しました。残業をする日が増え大変な時もありましたが、他の職員たちが会議の準備のために東奔西走する姿を見ていると、自分も役に立ちたいと思うようになり頑張ることができました。
    そして、会議に参加した加盟国と友好協力都市の訪問団の方々に「雰囲気が本当に良い」、「成功したようだ」と言ってもらった時には、まるで私自身が褒められたかのように嬉しかったです。今までに感じたことのない新しい達成感を感じ、それを会議が終わった後に打ち上げで一緒に努力した職員たちと分かち合った経験は忘れられない思い出となりました。
     
    国際交流員として熊本で生活しながら得たことはたくさんありますが、最も大きかったのは視野が広くなったことと、色々な意見を受け入れるよう努力するようになったことです。
    熊本市の国際交流員は韓国の他、中国、ドイツ、カナダからの交流員がいます。日本人スタッフも含めて彼らと一緒に働き、意見を交換しながら自然と国際交流が行われました。そんな中、お互いの文化が異なるので、見て、聞いて、感じることに少しずつ差があることに気づきました。当たり前のことですが、直接経験してみない以上認識できない部分が多いと思います。これを契機に自分とは違う意見を持っている人たちについてもう一度考えるようにと努力するようになりました。
    そして、国際交流員の4人が一緒に学ぶ講座で、色々なテーマに沿って自国を紹介するのでお互いの国について新しく知った部分も多く、とても勉強になりました。
    もう一つ、私は日本で「外国人」として生活をしていたので、「外国人」の立場でも様々なことを考えてみるきっかけとなりました。偏見と悪意はなくても下手に発した言葉により相手を傷つけることがあることを知り、過去の行動を振り返り反省しました。
     

     5年間の国際交流員の生活を振り返ってみると、勤務自体は順調でしたが、その始まりと終わりは波乱万丈でした。発令された熊本市役所に行く前である2011年3月11日は、東日本大震災が起きて世界的に騒々しく、5年間の勤務を終えて帰国を控えた時期である2016年4月14日は熊本地震が起きて混乱が起きていました。幸いなことに職場の同僚、同期たち、知人の助けを借りて無事に帰国することができましたが、本当にいい方々と強い絆で結ばれているとしみじみ感じました。地震で誰もが慌てて忙しい中でも、私を心配して手を貸してくれた方々のことは一生忘れられないと思います。そして、不本意ながら両親にも心配をかけてしまいましたが、これを機に家族の大切さも実感することができました。
     このように大変なこともありましたが、日本での経験をうまく生かして何らかの形で今後も韓国と日本の交流に力を添えるため努力していきたいです。もし、国際交流員に興味がある方は、ぜひとも志願してみてください。各自治体によって仕事と環境は違うと思いますが、貴重な経験になることだけは確信しています。読んでいただきありがとうございました。