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一生の宝物★JET体験記

  • まだ足りない私だが、日本をもっと愛したい
  • 2014-12-18
  • キム・セヒョン(金洗賢)

    香川県 2010年4月~2013年3月 CIR

    香川県国際交流員

  •  私は3年間(2010~2013)香川県庁で国際交流員として勤めさせていただいた、キム・セヒョンです。2012年、東日本大震災の被災地、東北へボランティアに行ってきました。

    【カルチャー・ショック】
     日本に来て2年が経っていましたが、このころの私は前よりもより深いカルチャー・ショックを経験することが多かったです。最初、日本に来た時には、無条件に吸収していたことが、そのときには、理由が分かっていても「なぜ、あんなふうにするのか。なぜ、ああすべきなのか。」などと疑問に思うことがありました。
    正直なところ、このように、私の心は完璧ではなかったのですね。本当に・・・
     例えば、韓国の場合には、グループで行動することが多いです。「一人でご飯を食べに行くなんてあり得ない」と言っても過言ではないほど、お昼休みになると、4,5人グループで会社からざーっと出ていきます。皆で「一緒に」お昼を食べるからです。一方日本では、お弁当を自分の机で食べたり、お店でも、カウンター席に座って一人で食べたりすることが普通でした。韓国で育った私にとって、一人で静かにご飯を食べるというのは、とてもさびしいというのが正直な気持ちでした。
     国際交流員とはいえ、日本と韓国、両国の違いで混乱したり、どう受け取るべきか苦しかったりすることもありました。


    【こんな私だが、日本を愛したい-東北ボランティア】
     2012年4月8日から13日まで、岩手県山田町へ東北ボランティアに行ってきました。その前の年の3月、日本はあまりにもひどい災害に遭いました。私はそのとき、日本にいたからこそ、その衝撃は大きかったです。あれから、一度は東北に行きたいと思っていたところ、私が通う教会同盟が定期的に東北ボランティアに行っていることを知り、訪問することができました。

     
    仮設住宅集会場でさぬきうどんを食べる様子
    仮設住宅集会場でさぬきうどんを食べる様子

     実は、行く前に、「私なんかが行ってもいいのか。行くなら、どんな心構えで行くべきなのか。」悩みました。しかし、2度目に行く友だちから、「ただ行くだけで喜ばれるから!」と言われて、勇気付けられました。災害発生から1年が経ち、ボランティアも少なくなってきて、仮説住宅でのイベントが月に数回あるかどうかくらいに減ってきていたそうです。被災地の方々は、自分たちのことが忘れられることを心配しているので、訪問するだけでも喜ばれるとのことでした。
     岩手県山田町での活動は、仮設住宅ごとにある談話室でカフェを開いて、さぬきうどんや手作りのお菓子などを振舞ったりすることでした。私は、少しでも楽しんでもらおうと思って、民族衣装を着て手伝いをしたり、興味のある方々には試着もしてもらいました。みんなめずらしい衣装を見て喜んでくれましたし、特に最近韓国ドラマにはまっている方々は、テレビだけでしか見たことない衣装を実際に見られたことをとても喜んでくれました。
     一人一人の魂は本当に大切で、たとえ、私はまだ一人一人愛せなくても、魂はすべてとても尊いものだと思いました。皆さんは私が思っていたより非常に明るかったです。皆さんが笑っているのに、私は泣いてしまいました。「普通の人生ですら辛いと言われるのに、この方々はもうどうすればいいの。なんとかしてよ」と。

     このように完全ではない心ですけど、この上にも、足りなかったら足りないまま、日本に対する愛情が積み重なっていっています。日本がより恵まれる国であることを願っています。

     
    私が持って行ったチマ・チョゴリを着て、キムチー(韓国では写真を撮る時、キムチーといいますよ!)
    私が持って行ったチマ・チョゴリを着て、キムチー
    (韓国では写真を撮る時、キムチーといいますよ!)